用と美を抱く
飛騨高山・日本建築のすいと技

夏は冷涼で、冬に雪深い飛騨高山には、今も生き続ける日本家屋の建築文化がある。

何百年にも渡って、地元の職人たちが研鑽を積み、工夫を重ねて創りあげてきた日本家屋である。
豪雪に耐えてきたその家々は堅牢というだけでなく、装飾性をともない、用と美を両翼に抱いた建築であり続けてきた。

いもと建築は、その用と美を今に伝え、飛騨高山に紡がれた職人の技術と芸術を基礎に持ち、
現代住宅に求められる機能性を備えた住まいを創る建築会社である。

飛騨高山の匠、そのイメージとは

飛騨高山。かつて江戸幕府直轄の“天領地”であり、市域の約9割を今も山林が占めていることからもわかるように、木材に関わる仕事は昔から地場産業のひとつだった。また豊富な木材を使った工芸品が自然発生的に多く生まれ、建築物も豪雪に耐えられる頑丈なものへと工夫を重ねていったことが、今に残る美しい景観をつくりだしている。聞けば、来日経験のある外国人がもう一度訪れたい日本の街を選ぶ際に、高山市は常にトップにランクインしており、リピーター率が高いのだとか。

道の両側に迫るようにして建てられている市中・三之町あたりの、2階建の日本建築と飛騨の山並みの風景が、外国人が抱く日本の山里のイメージそのものなのだろう。そしてそれは、日本人にとっても同じで、飛騨高山に連綿と紡がれた匠の技に、日本人も永遠の憧憬を抱くようである。

飛騨高山の伝統的な日本家屋の良さを
現代の家屋にも取り入れて

彫刻がほどこされた庇や、格子が美しい飛騨高山の伝統的な日本家屋の良さに憧れるけど、居住性はどうなのだろう?という疑問に、いもと建築がお応えいたします。宮大工がルーツのいもと建築だからこそ、伝統的建築物の素晴らしさに、機能性や快適性を現代の視点で付加していくことができる、と思っています。

飛騨高山の技を
次代につなぐことの意味

いもと建築を取材した筆者が、職人の技の継承に感銘を受けて、特別編としてインタビュー記事を作成しました。職人の技術は継承するよりも消えゆくことが多い現代において、親子で飛騨高山の技が受け継がれるということ、そこに注目したインタビュー記事です。

飛騨高山の軒が長く屋根が低い建築
そこには豪雪地帯ゆえの理由が

飛騨高山の街並みを歩いていると、道の両脇にせり出るようにして屋根が低く、軒が長く作られた家屋の特徴に気づくでしょう。またそこには雲や波などの彫刻がほどこされていることもあります。これらには、どんな意味があるのか、高山の歴史や気候とどう結びついているのかを、検証します。

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